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新しいまちが生まれる

稲城の南山に、新しいまちができている。その一角に、市民の憩いの場づくりが進んでいる。そこに関わる人々が、なくしたくないものとは。

新しいまち


この丘に立つと、静かな風が吹いてくる。この丘は、鉄道からよく見える。立川から川崎へ電車で向かう途中、山が削り取られた土肌が見える。

この風景は、僕らが子供のころ見た景色によく似ている。京王線で調布から多摩センターに向かう途中、山が削り取られた土肌が見えた。昭和40年代から始まった都内の各種建設工事に求められた山砂の採取跡だ。

稲城の南山と呼ばれている里山。ここに、新しいまちができる。昭和45年に市街化区域に決定され、平成18年に土地区画整理組合設立の認可がおりているから、開発の歴史は長い。開発面積87ヘクタールというと見当がつかないが、京王相模原線の稲城駅から京王よみうりランド駅まで、ざっと一駅分の一帯がその広さになる。

僕らが住んだ多摩ニュータウンは、日本の高度成長に合わせてできたベッドタウンとして人を受け入れ、その役割の峠は過ぎたと言われる。一方、稲城はゆっくりと開発されてきた。徐々に、若い世代が移り住んできた。だから、今でも人口が増えている。そんな稲城が気になって、稲城に関わる人と会うことにした。

子供と遊べる森


南山の森に入ると、迷子になりそうになる。

南山は様々な人たちに愛されている。そんな人たちの一人、稲城に住む坂本さんは、言う。「稲城という街は元々知らなかったけど、住んでみると自然が多く、都心にも通いやすいので生活しやすい。」

豊かな自然。梨畑。それに混在する、新しい住宅街。住むならこういうところがいいんだと、思う。しかし、土地を持つ人は、土地を耕しながら、時に相続や家族の事情などにより、土地を少しずつ手放さなければならない。

特に市街化区域の里山の場合、固定資産税がかかる。開発事業により森が宅地になれば、土地の所有者は土地を売却することができる。一方、森を訪れる住民は自然を楽しみ、環境を守りたいと思うが、税金などのコストを負担する訳ではない。

坂本さんは続ける。「稲城には、子供と遊べる森がある。その森が一部なくなってしまうと聞いて、残したいと思った。」

そして坂本さんは、「NPO法人南山の自然を守り育てる会」の立ち上げに関わった。「開発を止めてもらおうと思いましたが、企業や個人が所有する土地開発に反対しても限界がある。それなら少しでも多くの森を残して管理していくことが大事と、発想を切り替えました。」

憩いの場


森を抜けると、新しいまちが見えてくる。

これから南山には、住宅がもっと増える。新しいマンションだって、スーパーだって、小学校だってできる。その山の一角に、新しい市民の憩いの場づくりが進められている。自然を残したい市民と、新しく南山にやってくる人たちが憩う場。新しいまちの3割近い公園緑地を、市民・住民が知恵と労力を出しながら作っていこうというプロジェクトだ。自分たちのまちは自分たちで守り育てていく。

こうしたまちづくりを進めていくために、平成24年の春、地権者有志により「一般社団法人エリアマネジメント南山」が設立された。この動きは、マンション開発事業者の共感を呼び、その具体化に向けた検討が進められている。

子供が遊べる森は、少しずつ減っていくけど、確実に残していく。急がない、成熟した時代のなかで、共存共栄を考えるまちづくり。

一般社団法人エリアマネジメント南山の理事の一人で、数々のニュータウン事業やまちづくりに関わってきた宇野さんは言う。「ニュータウン事業において大切なのは、緑の価値。宅地ができて、そこに住む人が喜んでもらえる緑をどれだけ作れるか。これまでは、事業者が良かれと思って緑を残し公園を作ってきましたが、与えられた公園になかなか愛着は生まれません。住まい手も公園やまちづくりに関わり続けることで、まちへの愛着が育まれ、魅力が増していくんだと思います。」

ふるさとの思い出


森を残したいと思う坂本さんも、この地で生まれ育った子供たちと遊んだ思い出が「ふるさと」として残ることにこだわった。多摩ニュータウンで育った僕だって同じだ。ニュータウンは新しくできたまちだから、昔ながらの商店街とも、街角の人情とも縁遠いけど、家族と過ごし、君と学校で過ごした思い出が「ふるさと」だ。その小学校が廃校になったと聞いて、驚いた。ふるさとの景色が消えていくのは、辛い。

君とも随分会っていないけど、もし電車に乗って気付いたら、見てほしい。僕らが育った多摩ニュータウンのすぐ隣で、新しいが生まれていることを。そのまちに関わる人々は知恵を出しながら、新しい街に「ふるさと」を描き、そこにまた新しい思い出が生まれていく。

2015年07月12日|稲城市

記者プロフィール

Fuyuki
子供の頃は多摩ニュータウン、ロンドンで育つ。高校ではヨット部に所属し、神奈川の海で過ごす。大学では国際法を学ぶとともに、帆船で太平洋などを航海する。現在は、地域金融機関に勤めている。

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