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めぐる、幻の多摩のオオカミ

かつて多摩地域にも生息していたニホンオオカミ。明治38(1905)年に絶滅してしまったものの、多摩地域では今もなお、その痕跡を見ることができます。


青梅七福神めぐりの途中で見掛けたオオカミのお札

多摩地域を歩いていると、時々、旧家や田畑の多い集落で、戸口や辻に黒色のオオカミが描かれたお札が貼られているのを見掛けます。何も知らずに見たら、一目ではオオカミとは分かりませんが、爪や牙が描かれているのが特徴といわれています。

多くは、青梅・武蔵御嶽神社のお札ですが、集落によっては少し異なる絵柄のお札が貼られています。それはどこで発行されているのか?武蔵御嶽神社のものとの違いは?そのルーツを訪ねながら、多摩のオオカミの軌跡を追いかけてみることにしました。


もともと、オオカミは神の使い(御眷属・ごけんぞく)として古くから信仰の対象とされてきました。「おいぬ様」(戌の日の信仰とは異なる)や「大口真神」と呼ばれて親しまれ、多くの伝承も残っています。背景には、オオカミがいることで田畑を鹿や猪といった害獣から守れたことなどが挙げられます。

こうした人々の信仰が地域の寺社に取り込まれるなかで、オオカミが描かれたお札が刷られ、江戸時代ごろから人々がご利益をあやかって、戸口や辻に貼るようになったと言われています。お札は盗難除けや火災除け(オオカミは火を嫌うことから)などに効くと言い伝えられ、今も多摩地域をはじめ秩父や山梨などの一部の集落の習慣として残っています。

お札は、年に1回新しいものに取り替える(借りて返す)習慣があるので、今どこかで見かけたとしたら、基本的には1年以内に取り替えられたものです。誰がどんなご利益をあやかって、そこにお札を貼ったか想像してみるだけでも面白いかもしれません。


武蔵御嶽神社のオオカミのお札。絵馬にもオオカミが描かれている

本題の多摩のオオカミを見ていきたいと思います。

其の壱:青梅市・御岳山の武蔵御嶽神社が発行しているお札。オオカミは同神社の御眷属でもあり、オオカミを祀った神社・大口真神社もあります。狛犬がオオカミの姿をしていることでも知られ、神事もあります。かつては、憑き物落としに「オオカミの骨を煎じて飲ませた」という記録も残っています。また、御岳山ではこのオオカミのお札を関東一円の集落に届けるのが神職・御師の役目の一つで、今もなお、配札として続けられています。



左から、大嶽神社、臼杵神社、高水山のお札

其の弐:檜原村・大嶽山の大嶽神社が発行しているお札。 こちらも武蔵御嶽神社と同じく、オオカミは御眷属である上、御岳山と大嶽山が道でつながっていることから、何かしら結びつきはありそうなものの、文献などには残っていないようです。お札は4月の祭礼時に毎年刷って、氏子さんに配布されます。神社近くの集落では戸口にこのお札が貼られています。

其の参:檜原村柏木野・臼杵神社のお札。 こちらは、毎月4月末に集落の代表が手刷りで刷って、氏子さんに配布しています。配布する前に大嶽神社の神主さんにご祈祷をしてもらっていますが、互いの神社に特に結びつきはないそうです。

岩座御嶽神社のお札。この地域では、戸口には貼らずに室内で祀るのも特徴的

其の四:青梅市・岩座御嶽神社のお札。 左下に「火除盗賊除」とあるのが特徴です。ここでは、毎年12月の「御神狗様」の日にお札を刷って氏子に配られます。同時に、炊いたご飯と塩を供え、お犬様の足跡「お手」がつくまで続けられる「お炊き上げ神事」が行なわれます。なお、岩座には「御岳山にある鎧や岩倉の間と呼ばれる場所の鍵はもともと岩座にあった」といった伝承が残っていますが、現在、御岳山との直接のつながりはないそうです。

其の五:青梅市高水山・常福院のお札。 他のお札と違ってお寺が発行しており、白黒2匹のオオカミが描かれているのが特徴です。こちらは「火除盗賊除」が中央に大きく記載されています。何かで知って買い求める人はいるそうですが、地元の氏子に配るというようなことはないそうです。山頂から御岳山がよく見えるので、かつて、何かしらのつながりはあったのかもしれないと言われています。 高水山では、山の手入れをしていた人がオオカミを見たというような伝承もいくつか語り継がれています。

番外編:青梅市・成木山愛染院安楽寺のお札。 毎年、数十枚だけ、近郊の集落の祭りで氏子さんに配布するために、オオカミのお札が刷られていますが、市内でも配布しておらず、なぜ、その集落で配布するようになったかについてはわかっていないそうです。ただ、すごく古くからあるお寺で、江戸時代ごろに、御岳山との交流があったという言い伝えがあるといいます。


多摩地域のオオカミのお札のルーツを探ってみましたが、それぞれのつながりはあまり見えてこず、謎は残るばかりです。けれども、各地で話を聞く中で、かつて多摩地域ではニホンオオカミと人々がほどよい関係で共存し、オオカミを崇める習慣が定着していたことが実感できました。それが、お札になって集落内はもちろん、集落を超えて人と人とを結ぶ大切な役目を現在まで果たし続けている気がします。そんな偉大なる多摩のオオカミの軌跡、あなたもたどってみてはいかがでしょうか。

参考文献: 青梅市教育委員会『青梅市の民俗』(1973年)

2016年09月09日

伊藤 恵梨
三重県の神道の家系に生まれる。大学入学時に上京し、御岳山と出会う。東京の山中で御師集落が営まれていることに感動して取材・研究活動を開始。七福神めぐり、御朱印集めなど、何かを収集?しながら地域と出会うことにも関心を寄せる。

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