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おしまいの「ん」

毎日の暮らしを綴った手紙も3年間で40を超えた。20数名の書き手が積み上げ、とうとう最後の一枚になった。

「ん」をもとめて


「のらぼう菜」で始まったにしがわカルタ、最後の一枚を受け持つことになり、「ん」の字のつく人物やお店を探したがなかなか難しい。絵札をプリントして並べればなにか思いつくかもしれないと思ったが、やはりだめ、何も出てこない。そうだここはどこかで酒でも飲みながら・・・。足を延ばしてでも良い店に行きたい、思い立ったのが三鷹にある婆娑羅 (ばさら)。こっち方面の思い付きは素早い。 三鷹は「ルーテル学院大学」近くに親類の家があり子供の頃よく来た場所だ。都心に近いうえ電車の便も良く、就職や生活を考え「住むまち」候補にしたこともある。親類の子供が横河電機の「フットボールクラブ」に入っていたこともあった。昔の駅北口は、木造の小さな建物ばかりだったがいまは背の高いマンションが増えてしまいすっかり「新しいまち」になってしまった。遠くの「御岳山」はもちろん、さほど遠くない「田無タワー」も見えない。この駅前で早朝、「ラジオ体操」をやっていると聞く、飲み過ぎた朝に一度寄ってみようか。

昭和の居酒屋


酒好きをひきつける佇まい

駅北口の「バス」乗り場の脇をとおり、玉川上水沿いへ。「けやき」並木の「緑道」を歩く、「さんぽ」というには近すぎる場所に店はある。店の前に立つ、入り口の上に立派な婆娑羅と書かれた木製の看板。少し変わった字体から「絵馬」に見えなくもない、ガラリと引き戸を開ける。 木目を強調した店内に「れんが」調のゆか、コの字型のカウンターそして手書きのメニュー。「ただいま」といいたくなるような、なつかしい雰囲気が店内に漂う。奥の角の椅子に腰掛けひとりでお酒を呑んでいる「開襟シャツ」のおじさん、「古物」のような店内と相まって、昭和へタイムスリップしたような気分だ。ただしBGMは素敵な音楽がかかっている、AM「ラジオ」とはいかないようだ。

手前の椅子には「ポン」と腹鼓が似合いそうなタヌキ顔のおじさん。すみの方で年配のご夫婦もいる、このまちでどんな「暮らし方」をしたら、こんなにすてきな「ふたり」になれるのだろう。空いている席をみつけ、隣席に「麗しの貴女」でもいて「せつない恋」でもできればなんて妄想をしながら腰を下ろす。ビール・タン・レバ・モツ煮を注文、好物の「とうがらし」焼きはないようだ、残念。意外なことに「隔てた海」からやってきたのか魚介類のメニューも豊富だ。この店に来ると何か落ち着くからなのか、この昭和のような店内のせいなのか、いろいろ昔のことを思い出す。小平で子供時代を過ごし、成人してからは立川で暮らしている。そしてこの三鷹に祖父母がいた。

ビールとモツ煮が来た。

仕事場も中央線沿線のことが多く「通勤電車」として利用していたこともある。そんな自分は「生粋のにしがわ人」といってよいだろう。祖父母の家の近くには、「畑」や「どんぐり林」がたくさんあった。「七福神」は記憶にないけれど、「秋祭り」や「火の花」の舞う小正月のどんど焼きといった、「守る」気持ちにさせる昔ながらの行事もたくさんみかけた。

タンとレバがきた。

盛られている皿に趣きがある、良い「窯」で焼いたのかも知れない。 やがてあちこちに「団地」ができ、戸建ての家も増え始めた。いまの三鷹もそうだが、にしがわ地域の多くが都会になり「風景」も変わった。立川や福生は「アメリカン」なテイストもあるけど、にしがわ全体がひとつのまちと言えるかもしれない。この「まちと暮らす」そして「まちを好きになる」最近はそんな気分だ。

「ん」


弘前市三浦酒造の豊盃「ん」

最後に日本酒をいただこう。お店の人が持ってきた一升瓶にはってあるラベルに「ん」の一文字。青森は弘前のお酒らしい。にしがわとは少し縁遠いかもしれないが、最後の札の締めとしてはありがたい酒である。「屋台」でもかまわない家の近くの欲しい店だ。のみすぎて「オオカミ」ならぬ大トラにならないように気を付けよう。

酔いが回り店を出る。少しのみ足りない気もするし腹が減った気もする、シメに何か食べたいし、お「茶」も飲みたい。そういえば近くに「うどん」がおいしい店もあったな、しかし「カレー」が食べたい気分もする、そうだみやげに「まんじゅう」でも買って行こう。 不思議「を」感じる夜である。

2017年01月28日

記者プロフィール

まつい のぶお
読むこと書くこと調べることが好き、でもお酒が一番好きかも。

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